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~黄金の国ジパング~ 日本の金の歴史!



突然ですが皆さんはマルコポーロというイタリア人貿易商をご存じでしょうか?日本を「黄金の国」と呼んだ人物として知られているこのマルコポーロ。

実は日本には来ていませんでした。東方見聞録の「黄金の国ジパング」とは、中国人から聞いた話を自身の解釈で記述したものだったのです。

このような記述から日本には膨大な金が埋蔵されていると考えられてきました。今回は日本の金はどのように発見され、採掘されてきたのか、その歴史を見ていきましょう!

金はどのようにして発見される?
 

金を発掘するには、まず金鉱脈を探さなければなりません。では一体どのようにして鉱山は発見されてきたのでしょうか。

鉱脈を見つけるにあたりベターなのが砂金の発見された川をたどる
方法と、温泉から見つかる場合の2種類です。

川をたどる方法とは、川の砂にまぎれた小さな金(砂金)を探すことから始まります。砂金とは川の上流に金鉱脈があった場合に鉱山の一部が雨風によって少しずつ削られ川の砂に混じる金のことです。
川に混ざった金を発見して効率よく金鉱脈を発見していたということですね!

次に温泉地で金鉱脈を発見する場合です。
温泉ならどこでもいいの?と思うかもしれませんが残念ながらそうではなく、温泉に塩素が多く含まれているかが重要な要素となっています。

塩素を含む温泉というのは浅熱水性金銀鉱床がある可能性が高いことが分かっております。浅熱水性金銀鉱床とは、火山帯で上昇したマグマの中から溶けだした金や銀が、温度の急激な変化によって固まってできる鉱脈のことです。

ただこの方法は可能性が高いというだけで、金鉱脈を発見するには地下を掘り続ける作業が必要となるため大変な労力を必要とします。

金鉱石から金を取り出す方法

金鉱脈を発見したらお次は金鉱石から金を取り出す作業です。
金鉱石に含まれる金はごく少量で、石に砂金ほどの大きさの金がくっついているようなイメージです。
では佐渡金山で行われていた金の抽出方法を見ていきましょう!

鉱山内で採掘された金はまず『金場』といわれる場所で細かく粉砕されます。
砕いた鉱石は水車でより細かく粉砕され、さらに石臼を使い粉上にします。
粉上になった金鉱石は水槽に入れられ、水に浮く不純物を取り除き、その後ゆり板という板でパンニングをします。ここでいうパンニングとは金の比重の重さを利用して金を取り出すことを言います。

抽出された金と鉛を合わせ熱することで『貴鉛』いう金と鉛の合金を作ります。
鉄なべに灰を敷き詰め、そこに先ほどの合金を入れ炭火で熱します。すると鉛は灰の中にしみこみ、表面張力の強い金銀のみが取り出せるという仕組みになります!

以上が佐渡金山で昔実際に使われていた金の抽出方法になります。

この方法は『灰吹法』といい1533年ごろに日本に伝わったとされています。
灰吹法のおかげで中世の日本の金採掘量は飛躍的に上がったとされています。
ですがこれは現在では使われておらず、青化ソーダの溶液を使う青化法というのが主流です。金鉱石を砕いて水を加えて粉砕し、泥状にしたものに青化ソーダ溶液を加えると、溶液中に金と銀が溶け出します。濾過して溶液だけを回収したら、亜鉛粉末を加えることで金と銀が分離し、金を取り出せるという仕組みです。

まとめ

ここまで日本の金の歴史について記述いたしました。金の保有量が国力を表しているといっても過言ではなっかった時代、先人たちは試行錯誤しながら金の採掘に注力していたようです。金という金属にどれほど価値のあったのかがわかりますね。
ジュエリーショップなどに足を運んだ際は金の輝きに歴史を感じてみてはいかがでしょうか。
 

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